シャンパーニュの歴史

1日
12月
2018年
Saturday
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中世まで、キリスト教国では、ブドウ栽培に携わるのは修道士とされており、ワインは聖なるものとして、ミサに供されました。地理と歴史のなす偶然が、シャンパーニュのワインに数奇な運命をもたらします。フランク国王クロヴィス1世改宗の際に洗礼を授けたのは、現在のエペルネー近郊にあたる、ブドウ畑に囲まれた邸宅を居としていた、ランスの司教聖レミでした。フランスの初代国王は、496年のクリスマスの夜にシャンパーニュの地で戴冠し、シャンパーニュのワインも聖なるものとされました。

それから数世紀のち、シャンパーニュ女伯ジャンヌ・ド・ナヴァールと王太子フィリップ(のちのフランス国王フィリップ4世)が結婚し、シャンパーニュ伯爵家とフランス国王の運命を決定的に結びつけます。

898年から1825年まで、フランス国王の戴冠式は、シャンパーニュ地方の中心都市ランスで執り行われ、シャンパーニュ地方を訪れる国王にはワインを捧げることが慣例となりました。
12世紀にはすでに、シャンパーニュの名は国境を越え、その名声は高まるばかりでした。

その後、フランス革命翌年の1790年7月14日、パリのシャン・ド・マルス広場での革命派市民組織による連盟祭では、唯一シャンパーニュのワインのみが、革命派を勢いづけるのにふさわしいワインとされました。
シャンパーニュはその後も重要な条約締結の際に必ず登場し、昨今ではマーストリヒト条約締結もシャンパーニュで祝いました。世界中の歴史的な場面において、その瞬間の重要性を強調するために必ず登場しています。作家ピエール・ロティによれば、タヒチ王国のポマレ王妃も島内の土着宗教の寺院をキリスト教会に変更する際、シャンパーニュの木箱を数ケース要求したとか。
また、最高級の象徴であるシャンパーニュは、200年も前から、各国の国王家の婚礼式典の場に必ず供されてきました。今日では、特別な機会として華やかに演出したいイベントでは、シャンパーニュを開けるのが通例となっています。

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イベントの日程・開催時間
  • 2018年12月1日

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